日本空手道不動会

ラグビーワールドカップ2019

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メリットからモラルヘ

(特非)日本空手道不動会 会長兼法人理事長 平野泰作 


多くの成人・青少年の皆様が、不動会空手道を学んでくれていること、また年々その輪が広がり続けていることをとても嬉しく思っております。


厳しい道場練習や大会への挑戦を含め、様々なプレッシャーや苦難に挑んでみたり、時には苦手なことでも我慢してやってみたりするということは、経験値を高め人格を豊かにしていくという点で非常に大切なことだと思います。勿論それらは、乗り越えずに避けても通り過ぎることは出来ます。しかし、乗り越えた人と避けた人とでは、その後の人生における自信と周囲からの信頼が違うばかりでなく、人としての成長にも差が出ます。例えば「野菜がきらい。魚がきらい。」と言って、偏った食生活を送っていては健康のバランスを崩してしまいます。それと同じように、辛いことや苦しいことを避け、好きなことや楽なことばかりをしいては、心身のバランスが崩れて、弱くもろい人間になってしまいます。

そこで、そうならない為には何かをする時の判断基準を変えてゆかなくてはなりません。例えば自分の損得、言い換えるなら「メリット」(利益・利点)を判断基準にするのではなく、物事の善悪、言い換えるなら「モラル」(道理・道徳・倫理)を判断基準にするのです。しかし、それは易しいことではありません。「メリット」を判断基準にしている者は、自分の都合のいいように判断していればいいのである意味楽なのですが、「モラル」を判断基準とする者は、正しいか正しくないかで判断するので、時には自分が辛い思いをしたり、また我慢や努力をしたりしなくてはならないからです。その為、肉体的にも精神的にもそれなりの忍耐力が求められます。それ故に、いつも心や身体を鍛えていないと、「モラル」と向き合っていることが辛くなります。だからこそ私たちは、空手道によって心身を鍛え、気持ちよくモラルと向き合うことが出来るようにする為にも日々精進する必要があるのです。

では何故そこまでして、モラル(道理・道徳・倫理)と向き合うことが大切なのでしょうか。それは、いくら個人の利益や他人の迷惑を考えない自由を追求し、自分だけがいい思いをしたところで、昨今言われるように「自分さえよければ」と考える身勝手な人が急増するような、攻撃的で荒れた醜い世の中になってしまっては、他人に迷惑を掛けるばかりか、その人たちだってその中で生きてゆく訳ですから、結局災いが自分の身に降りかかるばかりか、未来に責任を持って生きることも果たせないからです。私たちの祖先が過去に、未来に責任を持って生きてくれたお陰で、素晴らしい自然や文化が残り、その恩恵にあずかることが出来ます。武道の重んずる礼儀・礼節も、どんな立場の人とでも失礼をせず上手くお付き合いが出来るように、祖先が残してくれた素晴らしいコミュニケーションツールなのです。

ここ数年わたしたちの国日本は、様々なところに「歪み」がきていると言われております。様々な分野の人たちが「このままではいけない」「この国をかえよう」と努力し活動しておられるという話も耳にしますが、残念なことに国民の大部分に流れている空気といえば、「どうせ誰がやってもダメだ」「自分がやってみたところで変わるわけがない」というあきらめムードです。果してそうなのでしょうか。本当にこの国は変わらないのでしょうか。そもそも国とは何によって出来ているのでしょう。大雑把な分けかたかもしれませんが、「人と自然と法律」によって出来ているとすれば、私たちの多くが判断基準の軸足を「メリット」から「モラル」にシフトチェンジすることで、人が変わり、自然環境が変わり、法律が変わり・・・そう、何千万分の1だろうと国が変わります。国とは、それら何千万分の1の集合体なのですから、身の周りの実感できる小さな国の集まりなのですから、あきらめずにまず自分自身が変わり、その言動と背中を子供たちに見せ、この国とその未来を良い方向に変え、子孫に伝えて行きましょう。

しかし、こんな話をしても「自分だけがやったところで無駄だよ、国なんて変わりっこないよ」という人が必ずいます。私も以前は心のどこかでそう思い無力感を持ったこともあります。そんな中、南アメリカの原住民に伝わるというあるお話を聞いて無力感は消え去りました。こんなお話です。

ジャングルが火事になりました。生き物たちは、恩恵を受けた森を捨て我先に逃げてゆきました。ところが、クリキンディというハチ鳥だけは、森の近くの湖から、そのくちばしに水を含んでは、一滴ずつ燃え盛るジャングルに水滴を落とすことを繰り返していました。それを見た森の生き物たちは「そんなことをしても無駄だよ。やめろ、やめろ。」「バカだなあ。そんなことしたって消える訳ないじゃないか。」「逃げたほうがいいよ。」と口々に云いました。しかし、クリキンディはいっこうにやめようとせず、森の生き物たちにこう云ったそうです。

「僕は自分に出来ることをしているだけなんだ。」

 これでこの話は終わっています。何人かがクリキンディのような行動を取れば、一滴の水は小雨になるでしょう。みんなが行動すれば、大雨となってジャングルの火事も消えるでしょう。「自分に出来ることをしているだけ」クリキンディのとった一見小さな行動と考え方が生み出す力こそが、実は最大の力なのではないでしょうか。その力を皆が信じ実践することで、皆さんの周りの小さな国をあきらめずに変えていって欲しいと願っています。私は、子供たちをそういった環境の中に置くことで、人の為に生き、皆を喜ばせる素晴らしい人間に育んでゆきたいと思っています。